少女が誘拐されて“幸せ”を知る物語『幸色のワンルーム』は、絶望を知る人に効く

人生を捨てるほどの絶望をしたとき、人は痛みを感じなくなる。

痛みと一言にまとめても、それは怪我したときや暴力を受けたときの肉体的な痛覚のことだけではない。

悪口や怒鳴られたりして暴言罵倒されると、通常は心に痛みを感じる。そのような悲しみや恐怖や不安といった感情も麻痺し、身を守るための身体反射も起こらなくなり、挙句の果てには感情というものがなくなる。

そんな人生を捨てるほどの絶望を抱える少女が誘拐されて“幸せ”を初めて知る物語が『幸色のワンルーム』だ。

誘拐犯と被害者というどう考えても歪な関係だが、なんでかとても温かい。このふたりの関係は、恋でも家族愛でも友情でもない、絶望した人同士の幸せのかたちが生まれるために必要な出会いだったのではないだろうか。

幸色のワンルーム 第1~5巻/ はくり

東京都にて中学2年生14歳少女が行方不明。警察は誘拐事件の可能性もあるとみて捜査し、心配する両親の姿も報道されている。

少女はストーカーのお兄さんに誘拐されていた。でも、彼女はお兄さんに感謝した。
そして、ふたりは約束した。警察と両親から逃げるゲーム!! 結婚するか…死ぬか…。

被害者の少女が誘拐犯に感謝するなんてことは通常、あり得ない。誘拐は犯罪だ。
しかし、コミックの表紙に描かれた少女を見ればなんとなく察することができるだろう。痣だらけの腕と蒼い手錠の痕が残る手首、頭の包帯。テレビに映っていた両親は、はたして何の心配していたのだろうか。

ふたりは、誘拐犯でストーカーお兄さんのワンルームマンションにいる。少女の盗撮写真で埋め尽くされた部屋で、両親につけられた名前を捨てて「幸(さち)」とお兄さんが呼ぶ様子は、まるで付き合いたての恋人のようでいて義兄妹のようなやり取りで、一見明るく開放的。

さらにお風呂場で裸の幸の髪を洗うお兄さんのやり取りには、背筋が凍るような歪さと実はできない「自分を大切にする」ことを気づかせる優しさが同居する

思春期の少女が裸を見せることがまずおかしいのだけれど、痣ができるほど暴力を受けてきたならば普通は人に触れられるのが怖いはず。が、髪を洗うだけでなくカミソリを向けても笑っている幸に、お兄さんだけでなく読んでいるこちらも急にゾッとしてしまう。

幸は痛いのも怖いのも何もかも他人事になっているぐらい恐怖心が麻痺し、人生を捨てているのだ。

学校はいじめを隠したくて親は虐待を隠したくてどっちにも知らないふりをされていて、助けてくれる人がいないのが当たり前の日常。そんな幸に手を差し伸べてしまったお兄さんも、幸に縋っているのかもしれない。指切りで約束する針千本なんかじゃ足りないほどの重き嘘を吐き、お互い本心を隠していても、それでも幸は幸せを感じている。

盗撮ストーカー誘拐犯が中学生の少女をさらったと聞くと、ロリコンド変態のイカれた男を想像するだろう。しかしこのお兄さんは幸に性的欲求を求めてなどなく、料理もそこそこ上手で散髪もできるほど手先が器用。

一人じゃ生きていけないことを知る彼の温かな優しさは、きっと自身も人生を捨てるほどの絶望を知っているからではないだろうか。

この第1巻で幸が感じている幸せは、普通の幸せを知らないゆえだ。お兄さんが手を差し伸べたことによって人生を捨てるほどの絶望から解放され、悪口を言われて傷つく痛みを思い出し、そして痛みを分け合っている。 しかし幸せ慣れしてないからこそ、その魔法はすぐに解けてしまうかもしれない。

世間から見れば「誘拐犯と被害者」のふたりが一緒にいることを許すはずもないが、人生を捨てるほどの絶望を彼女に与えたものは両親と世間であり、初めて幸せを与えてくれたのは誘拐犯のお兄さんだ。

きっとこの物語の結末では、ふたりはいっしょにいられないだろう。

でも、それでも、どうしても、「幸」と「お兄さん」ふたりの幸せのかたちで人生に喜びをもって生きてほしいと願ってしまう。

もしあなたが人生を捨てそうになるぐらいの絶望を感じたことがあるならば、このマンガは効くかもしれない。ふたりの関係は共依存と言われるものだが、人生の喜びを思い出すには優しさへの出会いが必要だ。

そんな偶然とも運命ともいえる出会いに遭遇したとき、このお兄さんのような温かい手を差し伸べられる優しさを心にとどめておきたい。

 

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