旅なんてものはだいたい現実逃避『グッバイ・ディストピア』の美しさ

ときどき現実逃避したくて旅に出たくなる。

旅行ではない。とくに行き先も目的もない旅だ。

目的もなく電車や車やバイクに乗って、思いつくままに道行くままにゆく。ケータイ切って、ウワサをたよりに、古びた標識をあてにして。そうするとたまに死んでいる景色をみれることがある。その眺めはなんだか、きれいだ。

そんな自分探しのような現実逃避のような旅の美しさとそれにつらなる孤独が描かれたマンガが『グッバイ・ディストピア』だ。

『グッバイ・ディストピア』1巻 ひそな/コミック百合姫

『グッバイ・ディストピア』1巻表紙 ひそな/コミック百合姫

ここは終点、今は真夜中。そんな寝ぼすけな女の子はできるだけ遠くへ行きたかった。

一人で出掛けたことすらまれで、旅に行くとも思えないほど軽装な少女は人生を捨てたつもりだけど、捨てきれない。

とりあえず離れられればよかったと知らぬまま一本道のローカル線に乗ってたところ、「世捨て人」のようなアザミという女の人に出会った。そして家出少女はミズキという名前にした

そんな本名を言わないふたりの現実逃避マンガだ。

ミズキはアザミに「人生ってやり直せると思う?」と訊く。世捨て人みたいなアザミは何か捨ててそうだから…。

捨てたいのに忘れたいのに、同じようなことを考えてばかりなミズキの気持ちは、現実逃避の旅に出たことのある人ならば思い当たるフシがあると思う。

それに対してアザミは「長年築いてきたものをそう簡単に捨てきれないさ」と語る。旅したところで解決するはずもなくて、「世」を捨てきれているのならば旅をするのだろうか、と思っているのかもしれない。

ふたりは家宅六神、つまり家を守る神様を祭神とする神社…だった場所へゆく。

鳥居の向こうの景色は死んでいた。でもその眺めはきれいで、アザミは笑顔だった。旅初心者のミズキにとってはその笑顔の方が意外に思うもののよう。

旅なんてものはだいたい現実逃避。

私自身、ときどき現実逃避の旅に出る。車に乗って、海を眺めながら、山に入り、古びた標識をあてにして、滝をみつけたりしたこともある。

その景色は、人の気配をもう少しも感じさせないほどさびしげで死んでいる空間。だけどそこには、言葉にできないほどの清らかさと美しさがある。アザミの笑顔はそれに見惚れたときに出る表情だ。

人のいる現代社会では、廃墟のような場所も全く光のない暗闇も滅多にない。だけどなぜか人の気配が多い社会の方がディストピアにみえるときがある

世界はきみが思っているよりずっと広い。そんな言葉はよく聞くけれど、なぜか人は人で世界を狭く苦しくしているような気がする。便利になりすぎたゆえに超管理社会的な現代。

いろんな人のそれぞれ周りに人がいる。だけど「友だちは友だち、私は私、世界は広いけど人間はみんな…孤独だよ」と微笑みながら語るアザミは変かもしれないけど魅力的で、なんとなく気持ちは分かる。

そんな世捨て人みたいな魅力をもつアザミだけれども、きっと彼女も何かから逃げている。もちろんミズキも何から逃げているのかまだはっきりしていないけど、ふたりは現実逃避の旅に出た同士だから、その旅路がどこへ向かうのか私は気になってしまうのだ。

勿論、ふたりのように現実逃避の旅に出たところで何か人生が良き方向へと進むわけでもない。美しい景色をみたところでただ少し感化されるだけかもしれない。若気の至り、そんなことは分かってる。だけど、どうしても逃げたいときもある。

そんなときは旅に出てもよいのだ。それが現実逃避だとしても、自分の生命から逃げなければ人生はやり直せると思う。

もし時間がとれなくて旅に出れないときは、『グッバイ・ディストピア』を読んで妄想の現実逃避の旅に出てみてはいかがだろうか。

 

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レクシア
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