特別な力も平凡も、それは危ういものだと優しく気付く『生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい』

たとえどんなに特別な力を持っていたとしても、当たり前のようで安らかな平凡が続いていたとしても、それはいとも簡単に変わってしまう。

時や環境と場所によって、自分の立場もすぐさま変わる。

それが自分にとって良いようになることもあれば、一気に転落してしまうこともある。そして急激な変化についていけないこともある。

そうやって急に変わってしまった自分の状況に戸惑いながらも着実に、ぼのぼのと楽しみながら順応していく『生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい』は、慈悲深く陽気に「特別と平凡のあいまいさ」を気付かせてくれる。

『生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい』1〜2巻 溝口ぐる(原作 のの原兎太、キャラ原案 ox)/B’s-LOG COMIC

『生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい』1巻表紙 溝口ぐる

魔の森と険しい山に囲まれたエンダルジア王国防衛都市の孤児で錬金術師として身を立てていたマリエラは、魔の森の氾濫から避けるために“仮死”の魔法陣でやり過ごしたら実は二百年もの間眠っていた、というあらすじ。

二百年もの時が過ぎればいろいろと変わる。

防衛都市は魔の森の氾濫で迷宮都市と化し、生き残りどころかその子孫が厳しい環境で暮らしているほどだ。

もともと“エンダルジアの地脈と契約した錬金術師”だったマリエラは防衛都市では珍しくもなく細々とポーションを売って生計を立てていたが、迷宮都市ではポーションはかなり貴重なものだった。なんと防衛都市の相場の200倍なのだから。

それを知らずにマリエラは、デイック隊長やマルロー副隊長率いる黒鉄輸送隊を助けるために魔除けのポーションを使い、高値で低級ポーションを取引する。

現在の状況がわからなくて戸惑いつつもしっかりと情報を集めて慎重に取引するマリエラは意外と賢い。そして裏切らない味方を得るために犯罪奴隷のジークを買い、隷属契約を結ぶ。

ジークのような犯罪奴隷や終身奴隷の扱いはかなりひどい。周りの人は、奴隷とはいえまるで汚い家畜扱いで、ジーク自身も右手と左足がケガであまり動かず、椅子に座るよう言っても床で土下座するのが当たり前のように自尊心が低い。

そんなジークに対して、マリエラはまるで女神のように慈悲深い。

もちろん裏切らない味方と情報を得るために買ったのかもしれない。しかし周囲の人間がとうぜんのように汚い家畜みたいに扱うなかで、マリエラは髪を切ったり服を洗ったりと親切にするのは意外と難しいことだ。さらに貴重な特化型ポーションをわざわざ精製してまで手や足の治療に使っている姿はかなり慈悲深く優しい。しかもぼのぼの楽しそうに錬金術を操っているのだから、なんだか見ているこちらまで楽しく優しい気持ちになれる気がする。

と、犯罪奴隷のドン底を救われたジークだけど、実は“精霊眼”と呼ばれる魔眼持ちで弓の名手だった過去を持っていたのだ。この過去話がポイント。

詳しくはマンガを読んでもらいたいのだけれども、要は「自分は特別な人間なのだ」と思い上がっていたところから一気に転落して卑しい奴隷になっていく。

このマリエラとジークの時や環境と居場所によって変わってしまうそれぞれの状況を見比べてみるとすごく面白い。

マリエラは時が変わってしまったことで自分の能力の価値が一気に上がったことに対して、ジークは精霊眼を失って借金奴隷になりそして犯罪奴隷にさせられてしまうのだから。

確かにマリエラはこの時代で特別な力を持っている。だが彼女自身は平凡な少女だ。

このマリエラとジークのふたりは「特別と平凡のあいまいさ」を慈悲深く、そして陽気に気付かせてくれる。それらは危ういものだと。そしてこれから、変わってしまった自分の世界でどう適応していくのか見せてくれるはずだ。

この特別な力を持った平凡な少女は街で静かに暮らせるのだろうか、しかと見届けたいと思っている。

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