美味しいもん食べてたら美味い美味い言うだけで時間が過ぎる。最高の贅沢だ。
食べることは生きることだけれども、食事がつねにこころとからだにやさしいものだとはかぎらない。独りでいると、栄養たっぷりでヘルシーな手作り料理なんて食べなくなる。
20代後半にもなってくると、仕事や恋愛、家庭の問題などを抱えて息が詰まりそうになる日がある。独りになってしまった自分に美味しいごはんなんて似合わないような気がして、ついついジャンクフードに手を差し伸べる…。
そんなとき、いっしょに「美味い美味い」とごはんを食べてくれる人がありがたくて、自分のこころとからだにやさしくしみわたっていく栄養のようなマンガが『かしましめし』だ。
『かしましめし』1~2巻 おかざき真里/フィール・ヤング
あこがれの仕事だったのに心身ともに疲れ果てて退職した千春。仕事はバリバリこなすキャリアウーマンだが、同僚との婚約破棄に憐れみの目を向けられるナカムラ。楽しそうに暮らしているのに恋人が離れていってしまうゲイの英治。
この美大の同級生だった28歳の三人が、友人の葬式をきっかけに再開し、たわいもないおしゃべりをしながらいっしょに食事をすることで、少しずつ生き返っていくというあらすじ。
一人で住むには広すぎる千春の家で三人はホットプレートやなべで料理を作りながら家飲みをする。ただ「美味い美味い」とワイワイおしゃべりをしているだけのようにみえるかもしれない。だけど、28歳ともなればみなわかっている。それぞれ抱えた悩みを打ち明けて相談し合えば、問題が解決するわけじゃないし助かるってわけじゃないことを…。
だからせめて、生きる運動のごはんだけは美味しく食べたい。
そういえば、ホットプレートやなべを使った料理がなぜ美味しいのかを思い返せば、家族や友達などみんなで食べていたからなのかもしれない。けど、そんな美味しくて贅沢な記憶には、もれることなく自分にやさしい会話と心づかいも味付けされていたはずだ。
この三人のやさしい会話と心づかいに気づかされていくうちに、独りになってしまった自分を許していけるようなあたたかな癒しと、消え入りそうな想いをわけあう喜びと幸せを思い出していける。
起きてから眠るまで、自分にやさしい人とごはんを食べることのありがたみがしみわたってくるように。
さて、そんなあたたかいごはんをおしゃべりしながら食べる物語の『かしましめし』ではあるが、おかざき真里先生のマンガには、まぶしいように輝く名言とその光によって生まれた影が描かれているところがことさら魅力的だ。
ゲイの英治はいつも楽しそうにしているが、それは昔先輩に言われた言葉がきっかけのよう。
“カミングアウトするときは……ーー特に親に”
“「楽しい人生」を演じ続ける覚悟がなきゃダメよ”“生き方違う人が他の価値観を受け入れる術は”
“幸せそうに楽しそうにしているかよ”それが“オリジナルな生き方”を通す方法です
この、その通りだと思わざるをえない名言のような言葉通りに生きてきた英治だけども、“楽しそう”に見過ごしたりやり過ごしたりしているうちに傷は深くなって、拷問の箱からあふれたおもちゃのような愚痴もある。
キラキラ輝く名言のような生き方には、もちろん解決できない苦悩の影もひそんでいる。そして、あたたかくてやさしいごはんの美味しさの光には、息の詰まりそうになってきた大人の痛みと抱える問題の影を感じてしまうのだ。
この物語の根底にある、独りになった自分のこころとからだに深く共感し、人の痛みを飲み込みつつ癒してくれるようなありがたさ、それがおかざき真里先生が描く『かしましめし』の魅力だと思う。
なお、マンガに描かれているごはんのレシピも掲載されており、ラフな格好で家飲みするときにちょうどよい料理だと思う。手の込んだ物ってわけでもなくささっとできてヘルシーなからだにやさしい料理なため、私が友人といっしょに家飲みするときも試してみたいごはんだ。
きっと、やさしくてありがたい贅沢な時間を過ごせる気がする。そして、明日への生きる気力と栄養になっていくだろう。
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